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2006.01.21 島田修二先生の思い出~その1
ワタクシが生涯を貫いている、、というとご大儀ですが、これからのボケ防止のためにも大いに期待できる趣味が「わんわん文芸」コーナーを創るきっかけとなった短歌です。
「国語」好きで百人一首が得意だったワタクシは、子供の頃から色んな雑誌の短歌や俳句コーナーを好んで読んでいました。
中央公論社(現中央公論新社)の「婦人公論」が今の装丁にリニューアルしたばかりの頃、その短歌欄の選者の言葉に、
「、、短歌の作品を読むのが好きだが絶対に自分が作ることはないと思っている人が、いつのまにか短歌の源流に遡り、その飛沫を浴びて自ら作品を作り出すことがあります。そういう人の作品はおもしろく、やがて一家を成すようになります。」とありました。
この一節がワタクシの中に目覚めかけていた何かを刺激しました。
それから手探りで出来た最初の投稿作品が選外佳作となり名前が掲載され、「こんな感じでいいのかな?」と調子に乗ったワタクシは、当時お庭に住んでいたマルという柴犬をモデルにした一首を投稿。なんとこれが入選し、誌上に作品が載ったのです。
 
歴代の犬物語するゆふべ今飼ふ犬も耳澄ましつつ

「わんわん文芸」で#6の一首です。
この選者が、当時朝日歌壇選者であり宮中歌会始選者でもあった島田修二先生でした。
この時の先生の講評は、
「昔飼っていた『哲平』という柴犬を思い出しました。自分の名を呼ばれるのをいつも耳を澄ませて待っていました。」というものでした。
先生も柴犬を飼っておられたんだ~!
これで完全に調子に乗ってしまったお調子者のワタクシは、それからというものこの短歌欄に投稿を繰り返し、なんとなく先生のお気に入り(?)になって図書券を相当いただくこととなりました(入選すると2000円の図書券がもらえるのです)。

ゆったりと尾もて時折り蠅を追ふごときやすらぎたまの休日

この作品などは、ワタクシは「牛」のつもりだったのですが、先生の講評は、
「、、、おそらく大きな犬かなにかの比喩でしょう。」と、完全に犬と思い込んでおられました。
高名な歌人の先生は案外犬好きの方が多いようです。
熊本の安永蕗子女史も「犬の作品だとついつい採ってしまう」などとおっしゃっているのを聞いたことがあります。
それに取り入るわけではありませんが、多くの犬の作品はこういう背景の下に生まれ出たわけです。

やがてよくあるように好調な歌作に暗雲が垂れ込めはじめました。
いわゆる「スランプ」の到来です。
                                                  つづく






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