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2006.01.22 島田修二先生の思い出~その2
うちのおとんも、インターネット碁がもっか超スランプの渦中にあるようですが、いかなる趣味にもどんづまりというのはつきもの。
次第にトーンダウンしてきたワタクシは、NHKの通信教育で島田先生から直接指導を受けられる講座があることを知りました。
先生の一言を頂戴するようになり、やがて次第に息を吹き返した歌作。
当時元気だったマルとの朝の散歩を中心として、犬の作品がまたまた溢れるように仕上がっていきました。

朱色(あけいろ)の背中揺らして巡礼のごとくわが犬道をひたゆく

しかし、マルはこの歌さながら巡礼の旅に旅立つかのように急死してしまいました。
死因は急性腎不全及び肝不全。その10日ほど前にお庭でイタチを殺しており、恐らくその保有菌が原因であろうとの診断でしたが、詳細は不明のままです。
悲しみから立ち直らぬままにりきを授かり、ゆっくりと明るい歌も出来るようになりました。

番犬の仕事も恋もこれよりの汝れの未来や背にブラシ当つ

先生は積極的にワタクシのワンコ作品を採ってくださり、極めて順調に事は運んでいきました。
生涯もう二度とないであろう夢のようなNHKホールの壇上で幕あいに感激のご挨拶が出来たことは、ワタクシの大切な宝物となりました。
このときもりきの写真をご覧になって「柴ですね。私も柴は大好きです。」とおっしゃったお顔の表情が忘れられません。

それから9カ月後の平成16年10月、義母が亡くなって約1カ月経ったある日、ワタクシは驚愕の事実を知らされました。
義母の死から僅か3日後に、島田先生は執務中にひっそりとお亡くなりになっていたのです。発見されたときは死後3日が経過していました。私生活上で複雑なトラブルがあり、奥様と別居中でいらっしゃることは存じ上げていましたが、まさかこの時期に、このようなお亡くなり方をなさるなど誰が思ったことでしょう。
このことでワタクシは、自分でもこれほどかと思うほどのダメージを受け、しばらくは歌作はまったく叶いませんでした。

時が流れてようやく平穏を取り戻し、ようやくぽつんぽつんとまた作品が浮かぶようになってきたこの頃です。
島田先生の心温かかったご指導を忘れずに、今は宮崎県在住の伊藤一彦先生にこれまた丁寧な温かいご指導をいただいています。
もとより拙い作品ばかりではありますが、なおなおがこんなワタクシのために創ってくれた「わんわん文芸」。このブログにお引越ししましたけれど、よろしければまた気ままな歌や俳句をごらんになってくださいませ。


最後に天国の島田先生へ
短い間でしたが、細やかなご指導をありがとうございました。
ワタクシにとってささやかな人生の拠りどころとなるこの道を開いてくださいましたことを心より感謝申し上げます。

義務のみに追はるる日々の明け暮れも我に歌あり剄(つよ)く歌在り


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